誰かの希望となるということ──24時間TVアイスショー感想
やあやあ、お久しぶりです。ささきです。
たいていの方はTwitterの方でお世話になっていると思うが、ブログ自体は久々だ。フィギュアスケートがオフシーズンに入ってしまったというのが大きな理由だが……なんにせよ新たなシーズンが始まったので、これからまたちょくちょく更新していければ、と思っている。よろしくお願いします。
さて、24時間テレビだ。
この季節、月へと帰還してしまう羽生氏が世間に登場する、数少ない機会である。ジュニアグランプリシリーズもはじまったし、楽しいことが増えていくなあえへへ。(ちなみにわたしはシェルバコワ選手を推している。みなさまわたしの推しをよろしくお願いします)
残念ながらリアタイはできなかったのだが、帰宅して早々テレビをつけた。
ウーンあいかわらず顔がかわいい。
被災地でのインタビューを涙ぐみながら見つつ、さまざまな年代の羽生氏を堪能する。きのこちゃんから大人に至るまで、すばらしい成長過程である。えーんえんえんかわいいよぅ。推しの過剰摂取で体力を奪われる。このあとにまだアイスショーがあるというのに……。
などと思いつつ真剣に画面を見ていたのだが、やはり前半部分で心に残るのはこのお言葉である。
「そういう意味で自分を責めないでほしい」
羽生氏は震災後、将来を期待され異なる拠点に移ることができた。羽生氏の言葉で言い換えれば、「逃げちゃったかな」である。才能ある青年にのばされる手は多く、それが逆に羽生氏に自責の念を抱かせてしまったのであろう。わたしには想像しかできないことであって、もちろん簡単に慰めの言葉をはけるわけもない。
なので、裁縫教室のご婦人の言葉には、本当に(まことに勝手であるが)感謝というか、そういう類いの思いを抱いてしまうのである。もちろん彼女の言葉がひとびとの総意というわけではないが、やはりあの言葉は彼女の口から出たものであってこそのものだ。
「あなたの努力は今のわたしたちの元気になっている」「あなたはそういう努力をしてきたのだ」(意訳)
よかったねえ、羽生結弦さん。あのときの羽生少年。
さて、アイスショーの舞台は仙台である。羽生結弦さんの故郷、そして被災を受けた場所だ。
デ●ズニーとのコラボということだが、本妻(プー)はさまざまな訳があって不参加。なんとかかんとか画面に登場させてくださっただけでもありがたい。どういうコラボなのかしら……どきどき……と思っていたのだが、ディ●ニーと直接コラボしたのは地元仙台の子どもたちであった。とてもかわいい。でもねえ、別に同じ振りをやってくだすってよかったんですよ羽生さん。ミッキーマウスマーチで氷の上をノービスやジュニアの子たちのようにステップしてくだすっても……。ノービスの彼のタケノコジャンプすてきでしたね。これからが楽しみです。
最後氷上に現れた大きなお花。まさか羽生氏がここから登場するのか? ついに? 花から誕生してしまうのか? などと一瞬思ったがそんなことはなかった。びっくりさせやがるぜ、まったく。
そして、かわいらしいダンスから白鳥へ。
デ●ズニープリンセスと見まごう23歳男性の登場である。
ひょっとしてこれがラストスワンなのではないか……などと思いながら祈るように鑑賞する。
あいもかわらずすばらしかった。
長い長いツイズル、雄大なディレイドアクセル、そしてお前それどうやってとんでるの? と言いたくなるような入りのトリプルアクセル……。集大成にふさわしいスワンであったと思う。(最後かどうかはわからないが)
なにより、所作のひとつひとつが至極丁寧であった。ノッテ・ステラータに関しては、負けたとき(二位)のスワンは耽美ですてき、勝ったとき(一位)のときのスワンは力強さがあってすてき、などとさまざまな意見があったが(たぶん)、今回のスワンは本当に、しみじみと響き渡るような演技であったと思う。裁縫教室のみなさまと同様、ささきもえんえんと涙ぐむ。
そして、最後のご婦人のお言葉だ。
「ああ、素敵な日もあったなあ。」
なんてやわらかい言葉なんだろう。長い仮設住宅の暮らしを思い返し、そう思える日を眼前に描き出した羽生選手の演技は、あの方の目にどのようにうつったのだろう。衣装を見て思い出した、とおっしゃっていたことを思うと、わたしにはソチの羽生氏のことがどうしても思い出されてしまうのだが……。
羽生氏は被災したときにみた、満天の星空に希望をみたのだという。人工が排された、恐ろしいほどの自然の美に。
ノッテ・ステラータ──星降る夜に。タチアナ・タラソワ女史からの贈り物に羽生氏が込めた思いは、きっとわたしが思うよりずっと深いのだと思う。
「きっとわたしたちも大丈夫です。」
大丈夫です、という言葉が本当なのかどうかは、わたしにはわからない。だけれど、ご婦人の口からその言葉が発された、そのこと自体がとてもすばらしいと思う。
スケートをやっててよかった、と羽生氏は言った。ソチのときに「なにもできていない」と語った青年は、今、とてつもなく大きくなってそこにいる。
金メダルの重さ。金メダルの意味。自分ができることはなにか。それを実感し、考え続けた四年間だったと思う。
ああ、よかったねえ羽生さん。幸せになってね。
最後に。
羽生さんは被災地での満天の星空を希望だといい、そしてファンをその星にたとえてくださったけど(改めて書くとすげえなおい)。
— ささき (@Sasakinoki2236) 2018年8月25日
被災地の「星」と呼ばれ、世界に羽ばたき、とびきり大きく輝いた人を我々は知っておりますよ…あなたは紛れもなく希望であったと思いますよ…
「素敵な日もあったなあ」というその言葉と、平昌の羽生の演技を見ていらした姿(おそらくソチの時も同じようにしていらしたのだろう)と、ご婦人の目元に滲む涙と、「大丈夫です」というその響きが
— ささき (@Sasakinoki2236) 2018年8月25日
「逃げた」「何もできない」と打ちひしがれたあのときの羽生少年を、救うものになりますように
これらのツイートの引用で終わります。気を抜くとすぐにポエムを吐いてしまう。オタクとはそういう生き物なのです。
ありがとう羽生結弦。最高だ羽生結弦。できれば曲名だけでもいいので、新プロについて教えてください。
FIN